即決してもらえると思ったのに、なかなかイエスがもらえない…
こういった「え、なんで?」といったことが、営業では頻繁に起こります。
その意外な要因のひとつが、「スイッチング・コスト」です。
スイッチング・コストとは
何かを新しくする際に発生するコスト(費用)のこと
新たに何かを購入したり、買い替えたりするとき、スイッチング・コストが発生します。
これは金銭的なものに限りません。
ざっくり分けると3つあります。
- 金銭的コスト
- 物理的コスト
- 心理的コスト
これらは、クルマのサイドブレーキのような働きをします。
サイドブレーキを引いたままの状態で、見込客にアクセルを踏ませても、前には進みません。
では、スイッチング・コストとは具体的にどんなものか、どのように対処したらいいのか一緒に考えてみましょう。
Contents
スイッチング・コストとは?
人は「現状を変えたい」という欲求と「変化を望まない」という相反する欲求を合わせ持っています。
しかし、基本的には「現状を変えたくない」がデフォルトになっています。
これを、「現状維持バイアス」と言います。
営業マンが戦っている相手は、実は見込客の「現状維持バイアス」なのです。
見込客がなかなかイエスをくれないとき、その裏ではこのバイアスが作動しています。
これを強固なものにしているのが、スイッチング・コストです。
スイッチング・コスト
- 金銭的コスト
- 物理的コスト
- 心理的コスト
① 金銭的コスト
基本的には購入費用のことになります。
しかし、それ以外にもさまざまな費用が必要になることがあります。
たとえば、何かを購入すると、他にも買い揃えなくてはならないものが出てきたり、新しいものへ切り替えるときは、手数料や登録料、入会金といった初期費用が発生したり、などです。
逆に負担が軽くなる場合もあるので、金銭的コストは常に発生するわけではありません。
② 物理的コスト
物理的コストとは、ざっくり言うと「手間(てま)」です。
何かを購入したり契約したりするとき、それなりの時間と労力が必要になります。
たとえば、何度も打ち合わせに足を運ぶ、必要書類を手配する、ローンを組む、などです。
その他にも、新たな知識やノウハウの習得、今の契約の解約手続き、使っていたものの処分など、物理的コストは意外にたくさんあります。
③ 心理的コスト
文字通り、心理的なハードルです。
具体的には、新しいものを購入する際に感じる、「自分に使いこなせるだろうか」とか「人になんて思われるだろう」といった不安やストレスです。
金銭的、物理的コストに比べて表面化しにくいので見落としがちです。
中でも特に厄介なのが、「第三者に対する心理的コスト」です。
最後の最後に、大どんでん返しを食らうという悲劇を引き起こす要因になることが多いので要注意です。
これについては、もう少し具体的にみてみましょう。
第三者に対する心理的コスト
「第三者」とは、新しく何かを購入したり、買い替えたりするときに「気になる誰か」のことです。
「第三者」が絡んでこない商談というのは、まず「ない」といってもいいと思います。
購入を考えている見込客にとっては、スッキリ決断できない要因になりがちです。
わかりやすくするために、3つのケースに分けてみます。
- 第三者へ報告するストレス
- 第三者の承諾をもらうストレス
- 第三者の目に対するストレス
第三者への報告するストレス
何かを新しく購入する際、ちょっと気になる「誰か」が頭に浮かぶことがあります。
すると、「報告すべきか、否か」「報告するとしたら事前か、事後か」といった葛藤が始まります。
これには、「いったいどんな反応をされるのか」という不安がセットで付いています。
その中でも、注意が必要なのが、現取引先や担当営業マンの存在です。
見込客との関係性や親密度によっては、強力なサイドブレーキになります。
第三者の承諾を得るストレス
これは報告のさらに上のレベル、第三者の承諾や賛同が必要なケースです。
主なものに、家族の承諾や、上司の承諾といったものがあります。
ほぼ承諾がもらえそうなときは別として、なんと言われるかわからないときは、かなりのストレスになります。
ちょっと注意が必要なのは、現在使用しているモノは誰の意向で購入したのか、という点です。
ここを見落とすと、あえなく撃沈する可能性があります。
それが第三者(たとえば奥さん)だとしたら、その人の「承諾」が結果を左右する可能性が高くなります。
第三者の承諾を得る行為は、見込客にとって大きなストレスになることもあり、その段階で白旗を上げてくるときもあります。
第三者の目に対するストレス
社会生活が基盤の人間にとって、まわりの人の評価が気になるのは本能的なものです。
これがポジティブな場合は購入を後押ししますが、ネガティブな場合はサイドブレーキになります。
たとえば、「まわりの人になんて思われるか」とか、「何か言われるんじゃないか」といった不安を感じるときです。
特に「いつもとは違う」という決断をするときには、それを強く感じます。
髪形をガラリと変えたい、と思ったときに感じる不安と同じです。
些細なことが多いのですが、だからといって軽視するわけにはいきません。
スイッチング・コストを明らかにする
ここまで、「金銭的コスト」「物理的コスト」「心理的コスト」についてみてきました。
簡単にいうと、見込客にとって「気がかり」になっていることです。
商談では、これをいかに取り除くかがポイントになります。
とはいっても、それが何なのかを把握するのは簡単ではありません。
なぜなら、表に出てこないことも多いからです。
これに対処するためのプロセスが、次の3つです。
- 懸念材料を表面化させる
- 懸念材料を整理して絞り込む
- 他に問題がないことを確認する
懸念材料を表面化させる
分からないことは、質問して確認するしか方法はありません。
ただ、質問はとっさに出ないことがあるので、事前に引き出しを用意しておきましょう。
「購入するとしたら、どんなことが心配ですか?」
「使用にあたって、何か不安なことはありますか?」
「現契約を解約する上で、気になることはありますか?」
「意見を聞いておきたい方はいますか?」
経験の浅い営業マンは、商談が順調に進んでいる(もしくはそう勘違いしている)ときに確認を忘れがちです。
まさに「好事魔多し」です。
懸念材料を整理する
質問をして確認するときに、重要なポイントがあります。
それは、「何が気になっているのか」を、まとめてすべて聞き出すことです。
対応するのは、そのあとです。
その理由は2つあります。
1つは、見込客は、障害を過大に見積もってしまう傾向があるからです。
これは、頭の中が整理されていないことが要因です。
2つ目は、その都度対応していると、「モグラたたき」になってしまうことです。
一度退治したはずのモグラが、また顔を出してくることは営業ではよくあります。
こうなると、商談が行ったり来たりを繰り返し前に進まなくなります。
こうしたリスクを回避するために、すべてを聞き出しておくことが必要になるのです。
他に問題がないことを確認する
すべて聞き出せたら、それ以外に問題がないことを念押しします。
ここで、見込客の「イエス」をもらっておくことはとても重要です。
言葉が悪いですが、これを「言質(げんち)を取る」といいます。(いわば言葉の人質)
この事例でいうと、「気になっている2つの事柄が解決できれば購入する」という言質を取ったことになります。
サイドブレーキを外してもらう
ここまでくれば、あとはその障害を取り除くだけ、つまりサイドブレーキを解除するのです。
これには2つのアプローチ方法があります。
- 営業マンが解除する
- 見込客に解除してもらう
ちなみに、どちらか一方ということではなく、どちらも使った方がいいと思います。
営業マンが解除する
営業マンが「こういう方法があります」と解決策を示す方法です。
前述の事例であれば、支払いが困難になったときの対処法や、現担当者への伝え方などです。
これは、営業マンがサイドブレーキを解除する方法といえます。
ただし、見込客との攻防戦に発展しないよう注意しましょう。
見込客に解除してもらう
人は「こうしたい」という欲求が強いとき、その手前にある障害がそれほど気になりません。
ところが、その欲求が弱いと、それが大きな障害のように感じてしまいます。
同じハードルであっても、状況によって高く見えたり、低く見えたりする、ということなのです。
つまり、「現状を変えたい」という欲求が強くなるとハードルが低くなるのです。
すると、見込客が自らサイドブレーキを解除してくれます。
ただし、商品やサービスによって得られる利益を前面に出して押しまくっても、サイドブレーキは解除されません。
人は押されると抵抗するからです。
視点を変えてみましょう。
人は、「利益」よりも「損失」を過大に評価する、というのを聞いたことはないでしょうか。
これは、ノーベル経済学賞を取ったダニエル・カーネマンが提唱したプロスペクト理論です。(興味ある人は調べてみる価値ありです)
実は、見込客は「何もしなければコストは発生しない」と思っています。
しかし、現状維持することによって発生するコストは、必ずあります。
たとえば、年齢が上がるに従って保険料が高くなる生命保険などは、加入を先延ばしにするだけでコストが発生しているといえます。
また、長く使い続けることで、メンテナンス費用が増加したりする場合もあります。
これは金銭的なものに限りません。
たとえば、生産性の低下、モチベーションの喪失、機会損失などです。
想像力を使って、それを考えてみましょう。
それにより、新しい選択で得られる「利益」とのギャップを明確にできます。
このギャップの大きさを認識したとき、見込客は自らサイドブレーキを解除するのです。
番外編(突き放す)
最後に、スイッチング・コストに対するストレートな対処法をご紹介します。
それは、突き放してしまうのです。
これは一種のテストクロージングですが、経験上、このシンプルな方法がもっとも成功率が高いと僕は思っています。
不思議なもので、人は押すと引く、引くと押すという天邪鬼な反応をすることが多々あります。(これを僕は天邪鬼の法則と呼んでいます)
つまり、営業マンに突き放されると、その反対の反応を示すことが多いのです。
初めは失敗すると思いますが、ぜひ持っておきたいスキルです。
まとめ
何か新しいことを選択するというとき、そこに金銭的、物理的、心理的なスイッチング・コストが発生します。
このスイッチング・コストをできるだけ早い段階でキャッチしておくことで、商談の成功率は高くなります。
そのためには、見込客に集中し、その言動に細心の注意を払うことが大切です。
結局、営業で大切なことは、見込客に理解してもらうことではなく、見込客を理解することだ、と思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。