北風と太陽がどちらが強いかで言い争いをした。
道行く人の服を脱がせた方を勝ちにすることにして、北風から始めた。
と、こんな書き出しで始まるイソップの「北風と太陽」
おそらく、知らない人はいないと思います。
シンプルでわかりやすいこの寓話は、営業研修などにもよく登場します。
今回は、イソップ寓話集(岩波文庫)の「北風と太陽」を題材に、拡大解釈を加えながら、営業という仕事を考えてみたいと思います。
北風と太陽が象徴するもの
まずはオーソドックスな解釈から。
北風と太陽は「営業マン」に、そして道行く男は「見込客」に、それぞれ擬人化して考えてみましょう。
まず、北風タイプの営業マン。
いわゆる「押し」の営業スタイルなんですが、北風タイプは、とにかく買うまで強引に押し続けるというゴリゴリ営業です。
当然、見込客は「売られまい」と強く抵抗するため、北風と同じくセールスは失敗します。
まあ、これはある意味、とてもわかりやすいですね。
一方、ちょっとわかりにくいのが、太陽タイプの営業マンです。
原文を見てみると、
太陽は、はじめ穏やかに照りつけたが、男が余分の着物を脱ぐのを見ながら、だんだん熱を強めていくと…
となっています。
どうやら男は少しずつ暑くなってきて、一枚、また一枚と服を脱いでいったようです。
これを営業にあてはめると、まず見込客の警戒心を解き、そして、ひとつひとつ納得してもらいながら商談を進める、ということになります。
まさに教科書通り、といった感じですね。
ただ、ここが重要なポイントではないのです。
重要なのは、男が「自ら服を脱いでいる」という点です。
太陽は、直接、服を脱がせていません。
ここが、北風と違うところなのです。
ところで、この男の「服」は、営業でいうと何にあたるのでしょうか。
いろいろな解釈があると思いますが、ここでは次のように考えてみます。
男の服=見込客の抱える問題
すると、次のようになります。
- 【北風タイプ】 一方的に見込客の問題を指摘し買わせようする
- 【太陽タイプ】 問題に気付かせ、自ら解決したいと思わせる
見込客の問題点とは、理想と現実のギャップのことです。
それを指摘するのではなく、気付かせることでニーズを喚起するのが太陽タイプです。
ここで、もうひとつ北風から学んでおきましょう。
それは、「人は他人から指図されるのを嫌う」ということ。
自分のことは自分で決めたい、というのが多くの人に共通の思いです。
そのため、他人に問題点を一方的に指摘されると、素直に受け入れることができません。
まして、その相手が営業マンだったらなおさらです。
特に、見込客が既に使っているものを否定するのは絶対にNGです。
割高なんで損してますし、しかも内容も…(云々)
意外に多く営業マンがやりがちなので、注意が必要です。
北風タイプはダメなのか
まずはオーソドックスに解釈してみました。
おそらく、「そりゃそうね、で?」という感じだったの思うので、少し違う角度からも見てみましょう。
北風の強引なやり方は、確かに営業としてはいただけません。
ただ、北風のように「風」を起こし、そして「押す」ことは、本当に問題なのでしょうか?
僕は、次のような見方もできると思うのです。
- 「風を起こす」→「問題提起をする」
- 「押す」→「リードする」
営業とは、見込客の現状に対して、問題提起をすることです。
問題提起には、それなりにインパクトがなければなりません。
そして、問題を解決するように積極的にリードする、それが営業マンの役割です。
つまり、見込客を「押す」のが営業の仕事なのです。
よくトップ営業マンが、「売り込まない」とか「クロージングしない」とか言いますが、言葉だけを鵜呑みしてはいけません。
彼らは、決して「押さない」と言っているわけではないのです。
実際には、ありとあらゆるやり方を使って見込客を押しています。
その理由は単純で、押さなければ、見込客は動かないからです。
ただ、側から見ると押しているように見えないだけなのです。
これは、売れるか、売れないかの最も大きなポイントです。
ところで、この「押す」とは具体的にどういうことなのでしょうか。
これについては、この記事の最後に取り上げます。
道行く男はどうだったのか
子供のころ、この寓話を聞いたときの最初の感想は、「男」がかわいそう、でした。
ただ歩いていただけなのに、北風と太陽のくだらない勝負のネタにされてしまう…
ということで、今度はこの道行く男、つまり見込客の立場で考えてみましょう。
男はしかし、寒さに参れば参るほど…(略)
男はついに熱さに耐えかねて…(略)
やはり、北風にも太陽にも、かなりの苦痛を強いられています。
この寓話は、一見、北風が悪で太陽が善のように描かれていますがそれは違います。
単に、北風が敗者で太陽が勝者というだけです。
事実、この罪のない男にとってはどちらも最悪です。
北風も太陽も自分が勝つことだけを考え、どうみてもこの男のことは考えてはいません。
これを、営業に当てはめるとどうなるかは説明するまでもないと思います。
やはり「三方よし」でなければ、営業で成功することはないのです。
「三方よし」
「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という近江商人の経営哲学
実は「北風」も勝っていた
さて、ご存じの方も多いと思いますが、この寓話には裏バージョンがあります。
実は太陽が勝ったのは2ラウンド目で、その前にもう1ラウンドあったというやつです。
第1ラウンドは、男の「帽子」を取った方が勝ちという勝負で、結果は言うまでもなく北風の圧勝。
ところが、太陽が負けを認めず「もう一回勝負や!」ってことになったとか。
ちなみに、この説は過去wikipediaにも載っていたらしいのですが、エビデンスがないという理由で今は削除されているそうです。
さて、真偽のほどはさておき、この話を営業で考えるとどうなるでしょうか。
結局、勝負は1勝1敗の引き分けだったということです。
ここからわかることは、自分の「強み」を生かした戦い方ができれば勝てる、そうでなければ負ける、ということです。
僕はマネージャーの立場で、数多くの優秀な営業マンを見てきました。
「彼らの共通点は何か」ということを、ずっと考えてきたのですが、営業の手法、考え方、マーケット、すべて十人十色で、はっきりとした共通点はありませんでした。
唯一共通しているところは、勝ち続けている、という結果だけなのです。
ただ、ひとつ言えるとしたら、彼らはみんな自分の「強み」を理解し、そこから独自の営業スタイルを築き上げているということです。
強みを生かせ、とは巷でよく聞かれる言葉です。
しかし、自分の強みを知ることは、そんなに簡単なことではないのです。
頭で考えるだけでは、決してわかりません。
絶対に必要なのは「経験」です。
優秀な営業マンは、圧倒的な「量」をこなし、数多くの経験の中から自分の強みを見極めてきた人たちなのです。
このことを理解しておくことは、非常に重要です。
説得とはなにか
さて、寓話もいよいよ終わりに差し掛かってきました。
最後は次のような教訓で結ばれています。
説得が強制よりも有効なことが多い、とこの話は解き明かしている。
最後の最後に、やっと重要なキーワードが出てきました。
それは、「説得」です。
実はこれが、前述の「押す」の正体です。
「押す」=「説得する」なのです。
ちなみに、僕がいた外資系の生命保険会社には、ブルーブックというセールスの教科書がありました。
その中で、新人が一番最初に学ぶ単元は「セールスマンシップとは」というもの。
この単元はたった1ページなのですが、この中に最も多く出てくるキーワードが、実は「説得」なのです。
そこには、説得することが営業マンの役割だ、とはっきり書かれていました。
説得とは、「よく話をしてわからせること」です。
ところで、みなさんは、「説得することが自分の役割だ」という認識をもっているでしょうか?
ただ商品の説明をする、ただ良い提案をするだけでは営業ではないのです。
ちなみに、「説得」というとセールストークを駆使して一方的に説き伏せるイメージをもつかもしれませんが、それは違います。
説得の目的は、「納得」してもらうこと。
つまり、得を説く(説得)して、得を納めてもらう(納得)ことなのです。
とはいっても、この「説得」、実は簡単ではないのです。
というのも、人を説得するのは「技術」だけの問題ではないからです。
説得するために、絶対に必要なものがあるのです。
それは
自分のやっていることは正しい
という自信です。
この自信をもっている営業マンは、「買って欲しい」ではなく、「買うべきだ」と考えています。
この寓話では、太陽は「説得」のモチーフとして登場しています。
太陽は、ただニコニコと男を照らしていたわけではないのです。
営業の仕事とは
さて、イソップ寓話「北風と太陽」をさまざまな視点で見てきました。
非常にシンプルなこの寓話から学べることは数多くあります。
最後に、次に問いを考えてみましょう。
営業マンの存在理由は何か?
人が何かを買う手段は、どんどん多様化しています。
実際、営業マンを介さずに、自分で買うことが圧倒的に多くなっています。
では、私たち営業マンの「存在理由」は何でしょうか?
それは、潜在化したニーズを顕在化させ、それを解決するように導くことです。
そのためには、営業マンの説得が不可欠です。
そんな営業マンと出会うことによって、見込客は新しい未来を見ることができるのです。
しかし、多くの見込客は、営業マンであるあなたを拒否しようするでしょう。
ただ、それはまだ自分の本当の望みに気づいていないからです。
なので、自信をもって商談に臨み、正々堂々と説得して欲しいと思います。
その姿勢があるなら、営業スタイルは、北風であっても太陽であっても、大した問題ではないのです。
まとめ
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回は、「北風と太陽」を題材に、営業について考えてみました。
かなり、独断と偏見による解釈だったかもしれません。
他にも、さまざまな解釈ができると思いますので、ぜひ、自分でも考えてみてください。
参考までに、全文をご紹介しておきます。
北風と太陽
北風と太陽が、どちらが強いかで言い争いをした。
道行く人の服を脱がせた方を勝ちにすることにして、北風から始めた。
強く吹きつけたところ、男がしっかりと着物を押さえるので、北風は一層勢いを強めた。
男はしかし、寒さに参れば参るほど重ねて服を着こむばかりで、北風もついに疲れ果て、太陽に番を譲った。
太陽は、はじめ穏やかに照りつけたが、男が余分の着物を脱ぐのを見ながら、だんだん熱を強めていくと、男はついに熱さに耐えかねて、傍らに川の流れるのを幸い、素っ裸になるや、水浴びをしにとんで行った。
説得が強制よりも有効なことが多い、とこの話は解き明かしている。
岩波文庫・イソップ寓話集(中務哲郎訳)